KANSAI YAMAMOTO & YAMADATATSU

山本寛斎のイベントを支え続ける山田辰

山本寛斎

1971年、山本寛斎はロンドンにおいて日本人として初めてのファッション・ショーを開催、世界の舞台に踊り出ました。既成概念を突き崩すアヴァンギャルドなファッション・デザインは、時代に敏感な若者から圧倒的な支持を獲得。1974年パリ・コレクション、1979年ニューヨーク・コレクションへの参加。ファッション・デザイナーとしての地位を確立しました。
一方、ロシア、ベトナム、インド等、海外をはじめ、日本国内で巨大な空間を使ったスペクタクルなイベントを開催。2017年現在、その動員数は350万人にのぼります。
ファッション・ショーの概念を超えた個性的なイベントを通して、人間のエネルギーの強さ、素晴らしさを表現し続ける寛斎は、デザイナーとしての枠に留まることなく、イベントの新たな表現形態を生み出し世界に挑み続けています。

山田辰と山本寛斎のイベント

30年を超える山本寛斎のイベントの歴史。そこにはいつも山田辰のつなぎがありました。モスクワのクレムリン宮殿の近衛兵、ハノイ市民の足として親しまれてきたシクロの運転手、アフリカのパーカショングループ、インドの労働者達・・・・山本寛斎のイベントは、数百名から時には千名を超える出演者やスタッフ、ボランティアや舞台裏に至るまで全てが一丸となって人間のエネルギーを放出させていきます。彼らが身に纏うのが山田辰のつなぎです。その時つなぎは単なる機能的なユニフォームの役割を超えて、規律と一体感をイベントにもたらしてくれます。山田辰は山本寛斎のイベントの重要な一員として、これからもサポートを続けていきます。