山田辰のつなぎが活躍する現場を追う『GREAT WORKERS』。今回の特別編は、ワークブーツを販売する『WESCO JAPAN(ウエスコ ジャパン)』の皆様をご紹介します。ユーザーのライフスタイルに合わせ、こだわりの一足を作る、働く男たちに会いにいきました。

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1918年、アメリカのオレゴン州ポートランドで『WEST COAST SHOE COMPANY(通称"WESCO(ウエスコ)"』というワークブーツ会社が誕生した。設立当初はリペア・ショップとしてスタートしたが、重労働者たちの間で腕の良さが評判となり、オリジナルブーツやカスタムオーダーの製作を始める。オリジナルブーツの販売を開始すると、希望に応じて自由にカスタムできるシステムと丁寧なハンドクラフトによって、警察官や消防隊員、木こりなど過酷な環境で働く男たちを中心にブランドの名前が全米に認知されていった。そのWESCOブーツを日本でプロデュースするのが、東大阪に旗艦店を構えるWESCO JAPANだ。町工場が多く点在する東大阪のエリアで、1937年に建てられた木造の工場をリノベーションした店内は、年季の入ったハーレーダビッドソンやヴィンテージの革ジャン、無数のワークブーツがずらりと並ぶ。アメリカでWESCOのワークブーツに惚れ込んだという代表の岡本 直さんに話を聞いた。

WESCOブーツに出会う前、岡本さんはアメリカ村にある老舗のアメカジショップに勤めていた。当時、ヴィンテージクロージングの仕入れのために頻繁に渡米していた岡本さんは、仕入れの旅の途中で、WESCOのワークブーツに出会い衝撃を受けたという。「ブーツの品質、耐久性の高さが桁違いでしたね。作られて何十年も経ったヴィンテージブーツを、今でも普通に履けてしまうということは本当に驚きでした。ライフスタイルにあわせて、 ブーツのかたち、レザー、ソール、ステッチをカスタムできるのも独自の魅力です。"自分だけの一足と長く付き合える"というWESCOの魅力を、日本のお客様へ伝えたいと思っています」。
そんな岡本さんが創り上げた店内には、新品だけでなく年季の入ったワークブーツが多く飾られている。ブーツの良さは新品を見るだけではわからない、と、岡本さんはじめスタッフたちが自ら愛用する私物のブーツをサンプルとして展示しているそうだ。これほどWESCOのブーツサンプルを多く揃える店は世界的にも少なく、熱心なファンが海外からわざわざ店を訪ねてくることも珍しくないという。

店舗の奥に併設された工房には、年代物のミシンや使い込まれた工具とともに、全国各地から送られてきた修理が必要なブーツが並ぶ。普段使われているハードな環境を物語るような、損傷の激しいブーツも中にはあるという。「事故で車に足を挟まれた、という大変な思いをされた方から、ブーツをお預かりすることもあります。どうしても修理で対応できない損傷の酷いブーツは、片足だけ新しいものを作らせていただく形で対応しています。それでも、『医者からこのブーツを履いていなかったら、足がちぎれていたと言われました。ブーツのおかげで、今でも足が繋がっているんですよ』と、思いがけず感謝の言葉を頂いたこともありました。ありがたいと思うと同時に、あらためて人の体を守る靴をご提供しているんだと、責任の重さを感じました」。

たとえ傷ついてしまっても、たくさんの手間や時間をかけ修理して、履き続けたいと思わせるWESCOのブーツ。あらためてその魅力を聞いてみた。「一人ひとりの人生に合わせたブーツ作り。これに妥協しない姿勢が、WESCOの魅力に繋がっている気がします。人に寄り添ったものづくりを続け、多種多様なオーダーにも答え続けているからこそ、100年が過ぎても、人々に受け入れられるブーツを提供できるんだと思っています」。

岡本さんが、ブーツ以外に情熱を傾けているものがもう一つある。"バイク"だ。店内に展示してあるものも私物だという。そんな岡本さんは、2018年にアメリカ大陸をロスからメイン州ポートランド、そしてメイン州ポートランドからオレゴン州ポートランドをバイクで走り抜くという冒険を決行した。「友人である世界的に有名なカスタムビルダーの『木村信也』が、『モーターサイクルキャノンボール』というアメリカ大陸横断レースに出場する姿を見て、いつか自分も出場したいと思っていたんです。WESCOが創業100周年を迎えた2018年、レースのゴール地点が本社のあるオレゴン州の近くだったんです。『これはもう、運命だ。行くしかない』と思いました(笑)。残念ながらレースの出場権は逃してしまったのですが、レース期間に合わせて大陸横断を決行したんです。」使用したバイクは木村さんが1976年式のCB750をベースにカスタムした『ザ・キング』と呼ばれるメタリックな質感が印象的な1台と、1928年式の『ハーレー JDH TT RACER』。約3週間、この2台で大陸横断を2度果たし、WESCO本社へと辿り着いた。

アメリカ横断時のユニフォームは、特注の真っ白なAUTO-BIつなぎだった。「手仕事をする我々にとって、白いつfsいmgなぎは正装なんです。創業100周年の記念すべき年に、WESCO本社を訪れるという、またとない機会。これはぜひとも白いつなぎを着たいと思いました」。つなぎの背面には、WESCOスピリットを表す言葉『Boots That Stand The Gaff(どんな苦境にも耐えうるブーツ)』の文字が赤い刺繍で刻まれている。岡本さんは、この言葉を体現するかのように、黒いWESCOブーツと、白つなぎの正装を纏って、大陸横断を達成した。

バイクでアメリカ大陸の長距離を駆け抜け続ける日々。体への負担も大きい状況下で、つなぎの着心地はどうだったのだろうか。「運転中は、砂埃もすごいし、空気中に浮いたサボテンのトゲやら、大きな虫まで飛んでくるような、それはもう、ひどい状況でした(笑)。私服の上につなぎを着てバイクに乗っていたんですが、体をしっかり守ってもらっている感覚がありました。休憩のときに、つなぎを脱ぐだけでさっと私服に戻れるのも、すごく便利でした」。

遠くからでも目立つ真っ白なつなぎは、現地の人の目を引き、コミュニケーションのきっかけにもなったという。「ガスステーションに停まる度に人が集まってくるんですよ。『めずらしい格好で何してんねん』という感じで。声をかけられると、貴重な休憩時間が削られるので、勘弁してと思う場面もありましたが、今となってはいい思い出です」。横断の旅で、最も心に残っていることは”人”という言葉が返ってきた。「白人黒人、人種も超えた、確かな人と人の繋がりを感じたんです。天気にも恵まれて、景色も圧巻だった。大きなチャレンジを達成したという思いもある。それでも最後に心に残ったのは、人の優しさでした。アメリカの懐の大きさといいますか、まだまだ世の中捨てたものじゃないなと。この日々は、私の人生において、かけがえのない経験になったと思っています」。

岡本さんとともに広大な大地を一緒に旅したAUTO-BIのつなぎ。雨風をしのぐ防寒具としてはもちろんのこと、現地のアメリカ人とのコミュニケーションツールとしても大いに活躍した。「旅が終わった今でも、ショーなどのイベントで着たりしています。少し汚れてしまってはいますが、それくらいがかっこいいですよね」。まっすぐに、力強い瞳でそう語る岡本さんの横顔は、次の新しい冒険を探しているようにもみえた。

FIN.

取材協力

北海道北見バス株式会社

住所東大阪市高井田西1-1-17

電話06-6783-6888

Webwww.wescojapan.com